2010年5月25日火曜日

4月21日 午前 高田公園「観桜会」

地元の親友と一緒に、桜を見に行きました。
午前中は上越市の高田公園、午後は柏崎市の赤坂山公園に行きました。
桜も散り始め、道路やお堀には多くの花びらが落ちていました。
一般駐車場が川の河川敷で、遠かったです。でも、シャトルバスを使わず、健康を考え、10分くらい歩くことにしました。
「日本三大夜桜」のひとつである高田公園は、江戸時代の高田藩の城でした。

築城したのは、徳川家康の6男・松平忠輝で、越後高田60万石(信濃川中島10万石を併せて70万石)の大大名としてふさわしいお城にすべく、正室の五郎八姫(いろはひめ、天麟院)の父である伊達政宗が中心となって築城されました。
ただし、石垣がなく土塁と堀に囲まれた城で、天守の代わりに三重櫓がありました。
 
忠輝の領地は、上越、中越、新潟付近にも及び、越後国の半分近い領地を有しておりました。キリシタンにも関係しており、今もその名残として、柏崎市内に隠れキリシタンの石碑などがあります。
また、赤塚も忠輝の領地で、佐潟・御手洗潟・乳の潟に対して、潟を使うことへの税金として「潟役(かたやく)」、潟に飛来する鳥を捕まえ売買することへの税金としての「鳥役(とりやく)」といった、「小成物(こなりもの)」と呼ばれる課税を行いました。「小成物」は、全国的に行われた課税ですが、赤塚では、明治8年まで、「潟役」・「鳥役」が行われており、その税金は村へ納められ、潟を保全するための資金の一部に充てられていました。

今ある櫓は復元されたもので、当時の姿を想像して建てられました。

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