2011年11月12日土曜日

11月12日 赤塚の野菜たち

赤塚の野菜も豊富な季節となりました。
冬支度に、ダイコン干して、たくわん作りの下準備も始まりました。
ダイコンを干すために棚を作り、そこに束ねたダイコンを掛けていきます。

昔は、赤塚の稲葉という場所に、ハザがあり、下が丸っこい「赤塚大根」が干されていました。
その時の姿を見た方は、葉っぱの緑と大根の白が縞模様となって見ごたえがあったそうです。

漬物にするため、大根を干します。
地域外の方からは、よく、「干し大根はありませんか?」と聞かれる方もいるそうです。
私も、大根の漬物、特にコウコウ(たくあん)と、ハリハリ漬けは大好きです。


棚に掛けられた大根さん。たくさん太陽を浴びて、冷たい風を受けて、おいしい大根になってくださいね。

毎週土日に野菜販売をされている「佐潟村」さん。
たくさんの赤塚の野菜が並んでいます。

鍋も恋しい季節。白菜といった鍋の定番野菜もたくさんあります。

2011年11月9日水曜日

11月9日 佐潟のカモちゃんたち

今日は、風が冷たく、ストーブやお風呂が恋しい季節となりました。
今夜はゆっくりと、お風呂に浸かりたいです。
カモちゃんたちも、並んで休憩中です。
時々、カモちゃんたちは、羽をバタバタして水浴びもしています。
カモちゃんが舟の縁に止まろうとする様子は、なんとも可愛らしいです。
ハクチョウの飛び立とうというシーンの写真も、ちょっと撮ることができて、うれしいです。

もっと写真の腕を磨かなくては・・・。

11月6日 赤塚郷土研究会30周年記念行事

11月6日、午後1時から行なわれました、赤塚郷土研究会主催の行事に参加しました。
北国街道バスツアーでは、中権寺~佐潟の史跡めぐりをしました。
 バスツアーでは、雨降りの中、論地池(尼池、ドンチ池)と、大山祇社、佐潟公園駐車場脇の道標(みちしるべ)を見学しました。

バスツアー後は、「北陸道(北国街道)について」と「赤塚の歴史について」の講演会が行なわれ、地域内外から多くの方々が講演を聞かれていました。

11月8日 フナの甘露煮づくり

この日、コブナを甘露煮にするため、家で調理しました。
まだ生きているのを、かわいそうですが、ペットボトルのキャップで鱗を取り、軽く焼き目を入れます。
焦げ目が付くかつかないかくらいの焼き加減でやりました。

これを、鍋で煮汁に入れて、コトコトと長時間煮ます。

煮汁は、砂糖300~350g、醤油240cc~300cc、みりん100cc、はちみつ100cc、調味酒、酢を入れます。臭みを取るのに、生の生姜を刻み入れます。骨を軟らかくするのに、酢も入れます。

お水も、コップに4~5杯入れます。4時間~5時間煮込みます。

完成した甘露煮は、たくさんできたので、いろんな人にお裾分けしました。

早速、完成した甘露煮で御飯を食べました。

醤油の塩気と、甘みが、御飯のおかずにピッタリでした。お酒にも合いそうです。

2011年11月2日水曜日

11月2日 ハクチョウと佐潟の空

 佐潟のハクチョウも、580羽くらいが飛来しています。
 佐潟(下潟)の奥のほうにハクチョウさんがいます。
 朝、ハクチョウは佐潟を飛び立ちます。上の写真を撮った日の朝は、ハクチョウの白い色がハッキリと見えました。

 佐潟は、夕暮れの景色もきれいです。
 夕日が日本海に沈むとき、佐潟の湖面に夕日の光が反射して、そこに鳥や草の陰があって、とても良い感じです。

最近は特に、夕日とハクチョウのねぐら入りを見ようと、たくさんの人が見に来られます。
写真を撮りに来る方も大勢いらっしゃいます。

ハクチョウの陰も、景色の一部となります。

上の写真を撮った日は、三日月があり、月もいっしょに撮ってみました。

夕方、次々とハクチョウが佐潟に戻ってきます。ハクチョウの中には違う鳥も混じっていたりもします。胸あたりにヒシの実をくっつけて飛んでいるハクチョウやヒシクイなども、たまに見ることができるでしょう。

2011年10月23日日曜日

10月22日 佐潟の白鳥と夕日

 この日のあとある時間、なにやら一斉にハクチョウさんたちが飛び立ちました。慌ててカメラを取りに行き、写真をパシャリ。
何百ものハクチョウさんが一斉に飛び立つ様子は、初めて見ました。

どんどんハクチョウさんたちが飛び立っていきました。

 夕日もきれいで、カモちゃんが影になって、とても雰囲気が良かったです。今朝(23日)は、ハクチョウさんも、田んぼにいました。

2011年10月22日土曜日

10月22日 赤塚の北陸道(北国街道)

 お知らせですが、11月6日(日)、メイワサンピアを会場に、赤塚地域の北陸道(北国街道)バスツアーと講演会が行なわれます。13時~15時30分 バスツアー。15時半~17時 講演会。17時~懇親会となっています。
 講演会では、「北陸道(北国街道)と赤塚 ~新潟湊―弥彦区間の赤塚~」と、「赤塚の歴史について」というテーマとなっています。
 ↑江戸中期までの北陸道(浜通り)は、赤塚の神明社近くを通り、四ツ郷屋へと続いていました。


↑下野地の墓地入口には、馬頭観音と、八手観音があります。


↑ 「ドンチ池」の名前と、カッパ伝説で有名な論地池(尼池)。砂丘湖の1つで、平安時代、中宮寺という寺院がこのほとりにありました。


↑ 江戸中期からの北陸道(中通り)、円通庵の前に、出羽三山の碑と庚申塔があります。




↑  赤塚連絡所前から江戸中期の北陸道(中通り)が続いています。


↑ 平安・鎌倉時代頃までの北陸道は、砂丘の縁を通っていました。山崎のお宮の脇にある道は、その時代の北陸道です。


↑  山崎の墓地には、湯殿山大権現と刻まれた石碑があります。


 ↑  江戸初期まで赤塚の中心的な集落は、大藪というところにありました。大藪には、村上義清の墓とも供養塔とも伝わる「義清塚」がありました。


↑ 江戸時代、赤塚を中心に、最大17ヶ村の村々を治めていた石黒家屋敷跡。赤塚小学校の入口脇にあります。ここだけ、石垣が築かれ、石黒家の権威を伺えます。