2009年12月16日水曜日

12月12日 大内宿と日光に行ってきました(日光版)

午前中は、福島県の大内宿に行き、お昼過ぎに日光東照宮へ到着。
初の東照宮参詣で、たくさん写真も撮りました。
駐車場はどこか、迷いに迷ってやっとのことで駐車でき、いざ見学。
たくさんの人が訪れ、若い人たちから外人さんまで。
国際的に認められた日本の宝ですね。

煌びやかな装飾が。
五重塔は、奈良時代からそのスタイルをほとんど変わっていません。
地震対策に、継ぎ手・仕口(しくち)に余裕を持たせ、その空洞で地震の力を抑えます。

有名な三猿「見猿(みざる)」、「聞か猿(きかざる)」、「言わ猿(いわざる)」の彫物です。

陽明門と沿道の中心線が交わった交点から陽明門を見ると、ある日になると(夏至?冬至?)陽明門のほぼ中心の空に北極星がきます。
当時、江戸は地上の中心であり、その鬼門除けに日光東照宮が建てられました。東照宮は、宇宙の中心を示しています。

ちょうどこの日、神前結婚が行われていました。
末永くお幸せに。

陽明門の柱のうち、1本だけが逆向きに設置されています。これは、陽明門が未だに「未完成」を示しています。
「完成」の次に待っているのは、「崩壊」です。
「崩壊」しないよう、いつまでも東照宮を存在させるため、1本だけ逆さまにして「未完成」の状態にしてあります。

これが「完成」の形の柱。1本を抜かした全ての柱はこの向きになっています。

多くの人が次へ次へと進む中、ふと私は興味深いものを発見。
塀に燭台が設置されています。
これはおそらく、ライトアップ用に設置したもので、諸大名が東照宮を参拝する中、徳川家の権威を見せるために、ライトアップして立派な塀を見せたのではないかと思われます。

徳川家光の廟所、大猷院(たいゆういん)も見ました。
家光が日光東照宮を建造し、1年半で完成させました。
家光は、家康を深く信仰し、家康の廟所の近くに自分の廟所を建てさせました。
夜叉像が今も、門を守っています。

東照宮の拝殿の造りを、家康の法号である東照大権現から「権現造り」と名前を取り、大猷院も同じ造りになっています。
葵の紋入りの燈籠です。
同じ徳川家でも微妙に葵の紋が違うんですよ。

大猷院の門の上にある木鼻(きばな)です。獅子なのか、麒麟なのか、龍なのか・・・。

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